ジョンレノンをピンクキャデラックに乗せた入内島登とは?ジョンの日本滞在中の脱走先は?

ジョンレノン、入内島泰広、

奇跡発見アンビリバボーで、52年前のビートルズ初来日の時のトピックが
ピックアップされる。

1966年、当時世界中で人気を席巻しつつあったビートルズが初来日したそうだ。

コンサートを行ったのは日本武道館だが、ビートルズは日本武道館で初めてロックコンサートを行ったバンドだったみたいですね。

ビートルズがロックバンドというのも、そうなのかな?とやや疑問ですが、まあ少なくても初期ではロックンロールのサウンドで人気を博していたのは間違いないところです。

日本滞在中のビートルズにメンバーは4日間の日本滞在中にどんな生活をおくったのか?今回のアンビリバボーでは、メンバーのジョンレノンが滞在中にホテルを『脱走した』事にスポットをあてる!

いったいどんな背景で<脱走>は敢行されたのか?

そしてジョンレノンは、その時どこへ行ったのか?気になります。

ピンクキャデラックの入内島登さんとは?

今回はビートルズ初来日でジョンレノンのホテル脱出に内容について調べてみました。

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ビートルズの初来日公演について

1966年6月29日、ドイツから日本へ、待望のビートルズが初来日します。

ビートルズの初来日公演は『日本武道館』で行われたのですが、実はロックコンサートを行ったのはビートルズが初めてのバンドのようなんです。

しかもこのビートルズの武道館使用!に至る経緯は大変な問題も当時は勃発したみたいです。

というのも武道館は『聖なる武道を行う場所』という観点から『ロックコンサートを開くことは武道に対する冒涜ではないか!』といった批判や議論がおこったんです。

話としては何となく理解できますが、今からするととっても不思議な感覚がしないでもないですね。

現在でこそ来日アーティストの『聖地』として、ステイタスなライブ会場としているようですね。

ビートルズの武道館での初公演以来、日本人アーティストで初めて武道館ライブを行ったのはタイガースという事です。

ジョンレノンが滞在中にホテル脱出の真相とは?

ビートルズは、来日の間、ヒルトンホテルに滞在していたそうです。

ビートルズの滞在中のプライベートについて、面白い事実が今回のアンビリバボーで紹介されますね。

何と滞在中の1966年7月1日に、メンバーのジョンレノンは、カメラマンに変装して、ピンクのキャデラックでホテルを脱出するという暴挙!をしたそうです。

いったいどう結う事なのか?

ピンクのキャデラックとは?

ビートルズのジョンレノンが滞在中にホテルから脱走に使用した車は何と『ピンクのキャデラック』だったそうです。

この車は

キャデラック・デビル(1959年式)のピンク色の車でした。

このピンク・キャデラックでジョンが、ホテルからの脱走劇に使用した車だそうです。

この車はメンバーが到着時に羽田空港から東京ヒルトンホテルまでに使用したそうで、ホテルと武道館の間では別の黒色のキャデラック・リムジンを使用していました。

このピンクのキャデラックの車ですが、オーナーはビートルズの来日の賠償保険を担当していた保険代理店のものだそうです。

このピンクのキャデラックがカメラ映えするという理由もあり、ビートルズにあてがわれる事になります。

ジョンレノンのホテル脱走劇、いったいどこへ行ったのか?

7月1日、ジョンレノンはカメラマンに成りすまして、先ほどのピンクキャデラックでヒルトンを脱走します。

当時、コンサートは昼の部の15時からだったみたいで、都内への散策にでかけたようですね。 因みに夜の部は19:30~だったんですね。

3日間の滞在中にビートルズのライブは合計5回、ですが1回の公演の演奏時間はほぼほぼ30分程度だったんですね。

もちろん公演そのものはもっと長い時間だったみたいなのですが、いわゆる前座の日本人バンドが1時間くらい演るもんだから、観客からは野次られたとい話もありますね。

前座1時間で、ビートルズ本番が30分というと現在からは、何とも想像できませんよね~

さてジョンの日本での脱走劇ですが、まあ当然、お忍びという恰好だったのでしょうが、カメラマンに変装して出かけたみたいですね。

ジョンのお忍びの行先ですが、

  • 朝日美術(麻布材木町)
  • オリエンタルバザー(原宿)
  • 北側象牙店(南青山)

の3店舗を訪問したそうですね。

因みにこの日、ジョンレノンのお買いもの金額は600万円超えだったそうで、美術品や香炉などを購入したそうです。

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入内島登がピンクキャデラックの運転手!

ジョンレノンの都内への脱出劇! ピンクキャデラックでジョンの脱走を手助けしたのが、
入内島登と言う人です。

この入内島登さんの経歴や詳しいことは判らないのですが、ビートルズ来日時の保険を担当していた会社の関係の方だと推察されます。

当時の様子を、入内島登さんの息子さんである泰広さんが書籍に残しているそうです。

これは大変貴重な資料でしょうね。

発売されたのも今年2018年になってからのようですから、ビートルズやジョンの様子について
入内島登さんが証言している内容となっているようです。

ジョンレノンはホテルと武道館との往復で少しは東京の街を散策したかったんでしょうね。

もちろんこんなジョンからの申し出は、滞在のシナリオにはなかったでしょうし、そんな意味でもジョンと入内島さんとの間でどんな『交渉』がやりとりされたのかアンビリバボーでは明らかになるかもしれません。

結果としては、麻布の朝日美術店で買い物中に、店前に停車してあったピンクキャデラックをファンが見つけ店に殺到!

仕方なく、ジョンは店の裏口からホテルに戻ったと言いう逸話があります。

店での買い物品は、朝日美術店の店主がホテルまで届けたそうです。

その一部始終の後、当時15時から武道館でのビートルズ公演となるのですが、まあ何かノンビリとした感じがある日本でのロック元年ともいえるビートルズのピンクキャデラックのお話でした。