伊藤圭(三俣山荘・水晶小屋)の父親や嫁、弟とは?場所や料金、年収や奇跡生還の山小屋エピソードも【情熱大陸】

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今回、情熱大陸に特集の伊藤圭さんは、知る人ぞ知る『山小屋の主人』という経歴の方です。

登山ファンの憧れともされるその山小屋は『三俣山荘』、場所は標高2550mというとんでもない場所にあるそうで、かなり驚きました。

いったい伊藤圭さんが、山荘に情熱を注ぐ原点はどのようなものだったのか?

そして第二の山荘である、『水晶小屋』づくりのための執念のエピソードは奇跡的すぎました。

今回は山小屋主人の伊藤圭さんについて、

父親や嫁について。

山小屋経営に至った理由

気になる年収。

山荘の場所や料金

こうしたトピックについて調べてみましょう。

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伊藤圭の経歴や現在とは?

1977年お生まれの伊藤圭さんは、現在41歳ということです。

現在、経営している山荘ですが、

三俣山荘

住所:長野県安曇市穂高有明5718-116

周囲3000M級の峰々に囲まれた標高2500mの地だそうで、登山口からは片道が丸々2日、電気・ガスも通じていない。

行ってみれば最果ての地という場所にお仕事場がある方です。

ちなみに三俣山荘には公衆電話があるみたいですが、これは『衛星電話』ということです。

凄いところですよね~限りないロマンのある場所なんじゃないかとは思うのですが( ^ω^)・・・

伊藤圭は意外に出身が、東京都内ということで、何故、このような山小屋での仕事をすることになったのか、理由がかなり気になります。

伊藤圭さんと山小屋との、関係には実は伊藤さんのお父さんという方の影響があります。

父・正一さんは長野県松本市の出身なのですが、もともとは10代でターボエンジンを開発したという経歴もある博学の方みたいなのです。

終戦後の昭和20年以降に三俣山荘や水晶小屋を買い取り再建に貢献されたり、伊藤新道を開拓したりと日本アルプス深奥の秘境・黒部源流部を開拓した功労者のお一人という方だったんですね。

1964年には『黒部の山賊 アルプスの怪』を出版しています。

こうした歴史やエピソードについては、登山愛好者の方にはおなじみかもしれませんが、正一さんは作家の森村誠一さんとも昵懇(じっこん)だったそうで、2016年に亡くなられた伊藤正一さんについて森村さんが追悼寄稿されていました。

森村誠一公式サイトより

伊藤正一氏の画像

森村誠一さんは、ホテルマンからご苦労されてミステリーの第一人者になられた大御所だと思いますが、氏が『作家たらん』とするキッカケとなったのは、伊藤正一さんとの出会いが大きいと述懐しておられましたから圭さんの父親の伊藤正一さんはスゴイ方なのだなと感じました。

さて圭一さんに話を戻しますと、圭一さんの山歴は、ご自身が1歳の自分からだそうです。

当然、父の正一さんに連れられたことは想像できますね。

当時、ちょうど山小屋経営を本格的にスタートした時期ということなんですが、装備品もかなりのモノだったはずなのにわずか1歳くらいの息子を随伴させるなんて情熱のあるお父さんだったのだと思いました。

山への薫陶は、父親正一さんの強い情熱と影響力をもって圭一さんの心を耕していったものだと思いました。

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伊藤圭の三俣山荘の場所や料金とは?

伊藤圭さんは東京都内の高校を卒業して25歳の時に、本格的に山小屋生活を始めたみたいです。

ご自身がご結婚されたのも2002年の25歳の時、というので後で触れますが嫁という方もかなり山に造詣と理解のある方なのかもしれません。

さて現在、父親正一さんの御遺志を継いで圭さんが経営されている三俣山荘についての情報です。

三俣山荘は三俣蓮華岳と鷲羽岳との鞍部にある山小屋です。

近くには黒部源流があり、鷲羽岳は日本百名山といいますからかなりの秘境の地にある山小屋です。

住所     長野県安曇野市穂高町有明5718-116
TEL    090-4672-8108
標高   2550m
営業期間   6月中旬から10月下旬
収容   70名
電気・水 自家発電、水は湧き水と雪渓からの二系統
風呂   なし
トイレ  バイオ式トイレ
最寄り駅 極めて遠い

ちなみに直通の衛星電話だそうで、20秒100円の料金という事です。

気になる宿泊料金ですが、基本的なところだと1泊2食で10000円、素泊まりが6000円というところが基本料金ですかね。

夕食特別メニューとしては、現在では饗応してから2シーズン目というジビエシチューというレシピが目を惹きました

三俣山荘ジビエシチュー

管理人的には、山荘より程近くの幕営テント場所が気になりました。

三俣蓮華テント場

設営料  お一人1000円

かなりの標高で山の稜線を上回るロケーションですから、周囲の眺望は絶句することは間違いないですよね。

天候が許すさえすれば、国立公園内という大自然の景色と空気を満喫できると思います。

詳細情報や山荘の画像や具体的なサービス情報は下記からどうぞ!

三俣山荘について

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主人・伊藤圭の嫁が気になる!

さて若干25歳から専従の山小屋経営者として仕事されている伊藤圭さんですが、25歳の時点で結婚して嫁とともに山小屋暮らしをしているようです。

嫁の情報としては奥様の名前が、伊藤敦子さんという方で圭さんより3歳年下の方です。

ご出身や馴れ初めなどは不明なのですが、お二人は『山』と通じて知り合った可能性は高いと思われます。

伊藤圭さんと嫁・敦子さんの画像

ご結婚と同時に、父親正一氏から三俣山荘と水晶小屋の経営を任されたそうです。

正一さんは生前、4つの山小屋を再建などを含めて経営されてきたそうで、黒部の最秘境部に魅せられ私財をなげうってまで、登山口から山小屋までのルートを開拓した情熱のあるかたでした。

こうした義父が認めた嫁・敦子さんですから生粋で肝の据わった山女だと推察致します。

父の開拓した『伊藤新道』の歴史は、当時街から山小屋まで何とか一日でいけるルートを!という願いから、正一氏が中心として昭和21年から約7年のルート確認、そして28年の着工から7年の年月を経過して山小屋とともに拓けた、登山者のための生命線といえる『道』。

その後昭和58年には付近の地形陥落等が原因で通行不能となっているんです。

その父の名を関した『伊藤新道』について、嫁・敦子さんの熱い情熱を紐解く記事が有りましたので付記したいと思います。

伊藤新道;北アルプス

尚、伊藤新道の現在についてはこちらをご参照に。

伊藤新道の現在

伊藤圭の弟も山小屋を経営してる!?

さて伊藤圭さんには兄弟がいるそうですが、弟の二朗さんも調べてみると山荘を経営していることが判明しました。

雲の平山荘を経営されているという事で、伊藤さんは父親の御遺志のもと兄弟で山荘の経営をしているんですね。

弟・二朗さんの年齢など詳細は不明なのですが、いずれも山に対する想いは父譲り・兄の圭さんと通じるものが有ると思います。

2016年にご結婚されたそうなので奥様も一緒に山荘に携わっていると思われます。

弟・伊藤二朗さんについて

弟・伊藤二朗さんについて②

伊藤圭の年収が気になる!

伊藤圭さんは現在、

三俣山荘

雲の平山荘

水晶小屋

湯俣山荘

の4つの山小屋をどうやら兄弟で経営されているのでしょうね。

そのうち湯俣山荘は現在は休業しているみたい。

気になる年収ですが、圭さんは現在、二つの山荘の経営者ですが、仕事としてはかなりシーズン性に左右されるご商売であることは間違いありません。

奥様と現在お二人のお子さんをお持ちのパパの年収はどれくらいなのでしょうか。

山シーズンというと7月~10月くらいの三か月でしょうかね。

最盛期には一晩で200人超のお客が山荘に足を運ぶそうですから山荘経営も大変だと感じました。

シーズン期間中の実働が、約100日程度でしょうか。

スタッフもたくさんいそうですからね、コストもそれなり欠かすと思います。

山荘で『働く』ということは、ある意味年収とかの観念はないでしょうね。

年収より山が好き、自然が好き、登山者をもてなしたい!といった気持ちが前面だと思いますね。

とはいえ三俣山荘を起点とする『超有名な山荘』群ですから、年収レベルでは400~600万円程度は抑えてるのでは?と推察します。

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執念の山小屋づくり!事故から奇跡の生還のエピソードも

父親から山荘の管理と経営を託された圭さんと敦子さん夫婦の念願は、粗末な状態だった『水晶小屋』の改装だったそうです。

問題は山岳地帯という立地条件の悪いこと。

2007年4月、ヘリで向かった現地での打ち合わせのあと、伊藤さん夫婦と関係者10人ほどの乗ったヘリが墜落死亡事故という不幸に見舞われたのです。

機長を含む2名が死亡、圭さんも鎖骨骨折、敦子さんも怪我をおうという大惨事だったのです。

3か月後に、二人は事故に挫けることなく正に、奇跡の生還と執念の新築工事に着手、無事水晶小屋の新築を成し遂げたという熱いエピソードもありました。

水晶小屋・執念の山小屋つくり

まとめ

山荘をご家族で経営する伊藤圭さんについて調べてみました。

単純に山が好き!ではくくり切れない、ファミリーに繋がる熱い想い、DNAを伊藤圭さんご一家に感じきることができました。

情熱大陸では、圭さんや嫁・敦子さんの日夜奮闘する素顔がまじかに見られそうですね。

山岳に山荘を経営するのは、とても厳しい自然環境に適応するためにとてつもないご苦労がありそうです。

また過去には『山小屋の地代』について、三俣山荘の撤去問題まで発展して国や自治体と係争した歴史もあるといいます。

是非を超越して貴重な自然や登山文化の一旦を『山荘経営』という形で日夜守備に奔走する伊藤圭さんご家族について今後も応援してゆきたいと感じました。

ここまでお読みいただき有難うございました。