丘みどりの経歴は元アイドルだった画像!母親の死因と家族の絆がドラマ過ぎた!

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こんちは、管理人のおにゃまんです!

3月26日の〈深いい話〉には、紅白出場をはたした歌手の
丘みどりさんが登場します。
丘みどりさんは現在は演歌歌手としてっ活動していますが、元もとはアイドル歌手としての経歴もあるそうです。

ちょっと気になりませんか?

アイドルからどのように演歌歌手となったのかその経歴を調べてみましょう、

また、最愛の母親の死因と、亡き母と家族との絆やエピソードについても一緒に見てゆきましょう。

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丘みどりの経歴について

名前:丘 みどり(おか みどり)
本名:丘 美里
生年:1984年7月26日(現在、33歳)
出身;兵庫県姫路市
学歴:兵庫県立山崎高等学校卒

2017年に念願の紅白出場を果たした丘みどりさん。

デビューは2005年で21歳の時でした。

以降は大阪を拠点とした活動がメインだったそうです。

2015年ころから、NHK歌謡コンサートの常連となりブレークの兆しとなります。

どうして売れ出したのか詳細は不明ですが、所属事務所を現在のアービングに
移籍、またNHKプロデューサーと旧知の縁があったのが幸いしたみたいですね。

因みにアービングには、タレントの橋本まなみさんや葉加瀬マイさらが所属しています。

元アイドルの経歴とアイドル画像も!

丘みどりさんは、元アイドルだった経歴もありました。

それはHOP CLUBというアイドルグループだったんですね。

そういえば演歌歌手でも元アイドルっていえば、長山洋子さんがそうですね。

16歳でアイドル歌手とデビューした長山さんは、ほんとは最初から演歌が好きだったそうですが、演歌はある程度年齢が勝負!ということでアイドルスタートとなったと聞いたことがあります。

丘みどりさんの場合はその辺の事情はどうだったんでしょうか。

調べてみると、最初から演歌をやりかったみたい。

でも周囲に芸能関係者がおらず、とりあえず芸能界へ!という選択でアイドル路線ということだったそうです。

小学5年生の時には兵庫県の日本民謡祭名人戦で、『優勝』していますからやはり、演歌への想いは一入(ひとしお)だったと思います。

HOP CLUBは2001年に活動を開始、大手のホリプロが関西から全国区のアイドルタレント育成!を目的に設立されたそうです。

丘みどりさんは3期生として在籍し2003年9月に卒業。

その後は演歌歌手としての活動を開始したそうです。

紅白演歌歌手の丘みどりさんの貴重なアイドル時代の画像です!

丘みどり、経歴、

丘さんは、左端。

そしていよいよ演歌デビューの『おけさ渡り鳥』はこんな感じだった。



ころころはミニスカブーツの演歌アイドルの異名が有りました。

演歌歌手でおへそ出しだったんですね(^^) 貴重です!

そしてこちらは2017年紅白出場時のもの。

だいぶ雰囲気が違いますね~演歌です!

美人さんですよね。

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母親の死因と家族の絆が深いエピソード

丘みどりさんが演歌好きになったのは、祖母の影響のようですね。

好きな歌手は、鳥羽一郎さんて・・・男性? って思っちゃいました!

女性の演歌歌手でも素晴らしい方がたくさんいるのに・・?

でも小さいころからの刷り込みの影響なのかな?

おばあちゃんと一生懸命聞いていると、知らず知らず鳥羽さんファンになってしまい、鳥羽一郎さんのような雄大な表現力で演歌を歌いたいと考えるようになったみたいです。

さて最愛の丘みどりさんのお母さんですが、演歌デビューのした翌年2006年にガンに冒されているのが判明しました。

母親が亡くなったあとは、何とも気が抜けて丘みどりさんは演歌歌手を辞める決意までどん底に落ち込んだそうです。

その時の父親の言葉が、優しい「みーちゃん、なんとかなるやろ」だったそうで押しもしない引きもしない優しい一言で心が救われたそうです。

まとめ

演歌歌手の丘みどりさんについて調べてみました。

大好きな演歌のためにもぐりこんだ(?)アイドル時代だったのかもしれませんが、しっかりと裏ではボイストレを積むなどひたむきな努力があったみたいですね。

演歌は『花開く』というフレーズがありますが、丘みどりさんも場合も下積みや父親・母親そして祖母といった家族一丸となった想いが結集し〈華が開いた〉という事ではないでしょうか。

美人さんですし新たな演歌な境地を期待したいと思います。

ここまで有難うございました。

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