佐々淳行の現在は死亡で原因とは?嫁や息子の反応やあさま山荘事件の生き証人、口コミや名言も!

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評論家の佐々淳行氏が死去されたそうです。

かつてはテレビのコメンテーターとして人気でしたが、その経歴は

初代内閣安全保障室長

として危機管理という言葉や安全保障を国内に広く知らしめた生涯はとても貴重でユニークだったと思います。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6299597

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佐々淳行氏の経歴プロフィール

佐々淳行氏は、さっさ あつゆき というお名前読みでした。

東京大学法学部から日本の警察・防衛官僚として活躍されていました。

生年は、1930年12月11日、87歳の生涯でした。

佐々さんが5歳のころごく近くで発生した2・26事件が氏の人生に大きな影響をおよぼしたとされます。

陸軍の一部による政府要人を『暗殺する』というクーデター事件です。

当時、自宅の東京麻布近くで勃発したとされるこの事件、その時の戒厳令下の独特の雰囲気を体験したことで、

私の危機管理人生が始まった

と述懐していました。

佐々淳行氏が実際に警備を指揮した事件としては、

あさま山荘事件

東大安田講堂事件

などがあるそうです。

退官は1989年、平成元年でした。

最後の大仕事は、昭和天皇の大喪の礼の事務方取り仕切りだったそうですから、数ある昭和の大事件の生き証人として『佐々淳行あり』といえる人物ですね。

佐々淳行氏、死去に対する口コミや反応とは?

佐々淳行さんの功績といえば、日本社会に『危機管理』という概念を広く一般の我々の目を開かせてくれたことですね。

自然災害やテロなど、社会生活のなかでややもすると不可避的な要素の存在について、具体的な回避ノウハウについて著作やテレビメディアを通じて知らしめてくれた存在です。

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佐々淳行氏の死因とは?

御年87歳の佐々淳行氏の死因は、老衰ということです。

加齢により身体を形成する組織や細胞の能力低下がもたらす自然死と言われています。

87歳という高齢を考えれば、安らかな最期といえるのかも知れません。

健康状態については数年前から、

持病の心臓病

糖尿病

脊柱管狭窄症

を患い、歩行が不自由、車いすだったそうです。

佐々淳行の名言

佐々淳行の嫁や息子とは?

佐々氏の嫁は、佐々幸子さんで16日に営ままれる葬儀でも喪主を務められるとの報道もある。

生前の淳行氏と嫁の幸子さんとの関係だが、嫁は夫である佐々氏にかなりの抑圧を受けてきたという暴露話も過去に報道されている。

第一線の警察官僚として、日本国をリードしてきた重鎮、性格的にはかなり『マインドが強かった』ことは予想に難くないですね。

ですが、晩年は嫁の幸子さんと別居するなど、やや疎遠な夫婦関係であったようですね。

佐々淳行氏には息子は3人いらっしゃいます。

長男・将之氏は昭和38年生まれで現在は55歳でしょうか。

次男の敏行氏は昭和40年生まれ、三男康之氏は42年の生まれとそれぞれ昭和世代ですね。

きっと父・淳行さんの忙しい毎日の背中を見ながら育ってきたんでしょうね。

もっとも当の淳行氏は、立場が立場だけに頭の中は仕事一徹、子育ては嫁任せで、帰ってきてはかなりの傲慢親父ぶりを発揮していたようで、息子たちはそんな父の姿を疎ましかったらしいです。

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佐々淳行氏のまとめ

昭和世代を築いた重鎮がまた一人、去っていった!という感じでしょうか。

警察官僚という立場で、政治とはまた違った角度から昭和の発展や喜怒哀楽を支えた人物だと感じました。

晩年、テレビのコメンテーターとしての、柔和な語り口とプロとして現場で指揮した意識からくる論理の的確さには驚かされた記憶があります。

佐々淳行氏のご冥福をお祈りいたします。