森本喜久男のwikiや家族は?著書について!【情熱大陸】

毎週日曜日の情熱大陸に、カンボジアで活躍
する日本人テキスタイルデザイナーの森本
喜久男さんが出演されます。

テキスタイルといえば「織物」ですが、日本
にも古今いろんな織物産業が盛んですね。

そんな日本人織物作家の森本さんが異国の
カンボジアで織物を志した理由は何なので
しょうか?

森本喜久男さんについてご自身のwikiや家族
の事、カンボジアのシルク事情について森本
さんの役割と現在はどのようなものなのか?
調べてみました。

森本喜久男さんのwikiやプロフィールについて

本名:森本 喜久男(もりもときくお)
生年月日:1948年 現在68歳
出身:京都府
学歴:レイデザイン研究所テキスタイルデザイン科

1971年。地元京都で手書友禅の工房に弟子入り
4年後に独立して森本染芸を主宰。

人生の転機って不思議なもんですね。

地元で独立された森本さんでしたがこのまま京都
で染物していていいのか?といった疑問が氷解し
たのがタイで染物をやってみるという答えだった
らしいです。

1983年ころタイの難民キャンプで織物学校のボラ
ンティアをされていたそうです。御年35歳でした。

そのご十年近くに渡って織物について様々な活動を
していた矢先にカンボジアに渡ることになります。

カンボジアで心惹かれたのは『クメール織物』

出典:http://iktt.esprit-libre.org/cambodian_textiles_top.shtml

確かに職人気質の森本さんの心を留めるものがカン
ボジアの地にあったみたいです。

クメール織物はもちろんカンボジア伝統の絹織物
で森本さんはその美しさに圧倒されて心奪われた
そうです。

クメール織の復興に人生を捧げる森本喜久男

カンボジアでは度重なる内戦で伝統的な染色技術が
かすんでいる状況だったようです。

もともと伝統工芸ですから親子代々伝承されてきた
背景もあり当然マニュアルらしきものもありません。

そうした異国カンボジアの伝統工芸の再興に尽力した
のが森本喜久男さんでした。

また、細々と生きながらえていたクメール織の取引
価格について適正なものに引き上げたいと森本さんは
切に願ったそうです。

ご自身も織物職人ですから、汗水たらした作品を対価
で販売する事は経済的にも心身的にも必要なことだと
いう事を肌で知っていたんだと思います。

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伝統の森の再生計画を立案

クメール織の再興について森本喜久男さんは具体的に
クメール伝統織物研究所:IKTTを設立。

更には2003年に伝統の森再生計画 なるプロジェクト
を掲げるのです。

これはいい織物を作るために、「土」から興そうとい
う発想らしいです。

織物のシルクにには良い土で育った良い桑の木を!

という風に。

その考えは派生に派生を繰り返して、染色作家のための
住む土地だったり家の環境だったり、精神衛生のためだ
ったり、生活やその家族たちも安心してクメール織物に
ついての環境を整えようと尽力されたようです。

現在、IKTTには森本さんやIKTTのスタッフとその家族
約200人が暮らしているそうです。

森本さんの家族は?

若くしてカンボジアの地で奔走されている森本
喜久男さんですが、家族はいるのでしょうか?

一人娘の『彩香』さんというかたがいるそうです
がどうやら日本にいるみたいです。

奥さんとは離婚されている様子です。

若くして結婚、娘さんに恵まれましたがその職人
気質が祟ったのか夫婦間の擦れ違いで離婚して
います。

どうやら長年カンボジアの地でクメール織の為に文
字通り命を捧げているといっても過言ではなさそう
です。

著書は?

森本さんはたくさんの著書を書かれています。

「カンボジアに村をつくった日本人:世界から注目
される自然環境再生プロジェクト」は、米ロックフ
ェラー財団が、世界中の村おこしプロジェクトの中
でも森本さんが唯一の成功例と報告しているほどで
、その実践された内容が平易な言葉でつづられている
名著みたいですね。

まとめ

テキスタイルデザイナーの森本喜久男さんの人生に
ついてかなりの波乱万丈感ありますね。

私生活は一時は不幸だったのかもしれませんが、そ
れを感じさせず、男の夢にまい進してカンボジアの
地で伝統の再興に成功した森本さん。

男らしいロマンを感じさせる人生だと思います。

不幸にもご自身は膀胱がんとの宣告がされているとの
っことで骨削る毎日の中で作業に勤しんでいるようで
すね。

今後も体調に充分注意されて活躍をしてほしいもので
すね。