大野雄次(元ヤクルト)の現在や年収とは?プロ引退の理由が凄かった!

90年代にプロ野球・ヤクルトや巨人
で活躍した大野雄次さんが、今回の
爆報!に登場です。

代打の切り札っていう形容詞は、野球
一筋の職人みたいで男らしくてカッコ
良い感じですね。

プロ入団時には既に子供さんがいたとか
で、これまた代打職人のエピソードに
花を添えるような逸話でもあります。

大野雄次さんの現在や年収、当時の
ヤクルト野村監督との関係や引退理由
について調べてみました。

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大野雄次(元ヤクルト)氏プロフィール

名前:大野 雄次(おおの ゆうじ)
生年:1961年2月2日(現在56歳)
出身:千葉県富津市
プロ歴:横浜~巨人~ヤクルト

大野雄次さんは、君津商業高校から
専修大を中退して社会人を経験後に
横浜大洋ホエールズにドラフト4位で
入団。

大洋時代は打撃の勝負強さを買われて
代打の切り札と活躍します。

代打というのは、守備にはつかないの
で、だいたい1試合で打席はたったの
一回くらいしかチャンスがありません。

レギュラー選手ではない!ということ
ではあるのですが、特にプロ野球の
ような勝負の世界では打撃では打つ
専門である「代打要員」

それなりの技術と勝負の勘と勝負強さ
が求められます。

投げるほうでは勝ているときに、勝負
に逃げ切るための中継ぎ専門投手や
、最終回のみ『抑え』を託されるクロ
ーサー投手などいわゆる分業体制で
年間の試合を構成しているのが常です。

代打はたった一打席のために、それも
勝負をつけるために試合の後半に、山場
とも呼ばれる場面で、『代打』を託され
ます。

その時に最大限の結果を引き出すために
試合の前半から何度もベンチ裏での素振り
やアップを欠かしません。

大野雄次さんの話をもとに戻すと・・

巨人移籍後は自由契約の身となるも、野村
監督のヤクルトに移籍します。

当時、ヤクルトは長年の弱小チームから
野村ID野球と言われるデータ主義野球
で、チーム力が上昇気流の最中。

大野さんの移籍の前年にはヤクルトは
日本一のチャンピオンフラッグを獲得
しています。

ヤクルト時代の大野さんの活躍として
は、1シーズンに代打逆転満塁本塁打を
何と!2回達成するなど、神がかり的な
バッティングをみせます。

当時の大野雄次さんのエピソードとし
ては

代打では(打席が少ないので)変化球の
軌道が読めない!

という理由から、直球一本に的を絞る
ことにこだわっていたそうです。

これっていわゆる

三振か、

またはホームランか!

っていう打撃ですね。

いかにも打の切り札といわれる勝負師
の世界だと思います。

その後、1995年には再び日本一を奪還
するのですが、オリックスとの第一戦で
は、幸先よく代打本塁打を記録している。

大野氏は1999年、プロ実働12年で引退
しています。

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大野雄次氏の現在はなにを?

現在、大野雄次のメインの仕事は料理店
を経営しているようです。

引退後のわずか1か月後には東京・両国
にある「うなぎ屋」で修行を始めたそう
です。

これまでプロ野球という花形商売から
、料理職人を目指しての下働きからの
出直し!

朝五時からの配送やら、串刺しの仕込
みの量は軽く1000本を超えていたそう
です。

仕事に貴賤や上下はないとは思うので
すが、これまでのプロ野球の世界とは
180度違う食の世界への戸惑いはかなり
のものだったと推測します。

その大野さんの現在のお店は

鰻・牛舌(牛タン)料理の『大乃』

https://tabelog.com/tokyo/A1314/A131402/13013256/

住所:東京都港区芝5-33-1
 森永プラザビルB1F

JR田町駅から至近のロケーション。

お店での大野さんの様子はこんなん
感じ。気取らないですね(^^)

お店の評価は上々のようで、ランチ
料理もあるようですが、大衆的で
手入れが十分に行き届いたお店の
ようです。

夜はとうぜん野球ネタが多いようで
、その点ヤクルトファンの方には
かなりの居心地を感じるお店なので
はないかと思いますよ。

そしてご覧ください、このグラス!

ギンギンに冷えたビールが堪らない!

じゃなくって・・・・・・・・・・・・

いかにも頑固な職人気質を思わせる
オリジナルメッセージに脱帽って
感じです!

「大乃」はこんな洒落たビールと
出合える粋なお店なんですね!

高付加価値ビールに、

乾杯!!!

ですね。

それにしてもメッセージの内容が
深い!ですね。

現在はすっかりとお店のオーナーと
して活躍されている大野氏ですが、
やはり現在でも野球との縁はあるよう
ですね。

2013年からは富山県のクラブチーム
ロキテクノベースボールクラブ
監督さんも務めているようです。

ロキテクノBBクラブは、社会人野球

のクラブチームです。

元プロ選手の登録としては、大野雄次
さんの他には、

  • 西村基史氏(元福岡ダイエー)
  • 宮内洋(元横浜ベイスターズ)
  • G.G.佐藤(元西武ライオンズ)
  • 杉本昌都(元横浜ベイスターズ)
  • 藤田太陽(元西武ライオンズ)

などの元選手たちがいるようです。

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大野雄次氏の現在の年収予想

ヤクルト時代の大野氏の年棒はどれくらい
だったのでしょう。

大野選手は内野手としての登録でしたが
「代打」要員としての出場がメイン
でした。

当時の年棒はだいたい2300~2500万円
程度だったようです。

で現在の年収について考えてみましょう。

まず『大乃』では鰻など高級食材を
扱う割には大衆料金の体系に努めて
いるようです。

店物件がリースや賃貸など形式にも
大きく左右されると思いますが、
店経営による収入は年収500万程度
では?と予想します。

また、ロキテクノクラブの監督報酬に
ついてですが、

ロキテクノというのは、どうやら本社を
東京に置く(株)ロキグループの傘下
企業のようです。

ロキは、濾器のようで、濾過フィルター
やオゾン関連商品の会社のようです。

ロキテクノベースボールクラブから
プロ野球選手などを輩出すれば、一気
に知名度が上がり、オーナー会社と
してはクラブの監督コーチ陣にかなりの
「報酬」がでるのではないでしょうか。

こちらがロキテクノクラブのHPです。

年収や報酬より野球をまず『楽しむ』
という大野さんの姿が伝わるような
気がしますがいかがでしょうか・

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大野雄次氏のプロ引退理由とは?

アスリート選手の選手生活への引退理由
は実にさまざまです。

大野選手の場合は35歳でプロ野球の選手
生活から引退しています。

巨人を自由契約という言わば戦力外に
近い通告を受けた後のヤクルト移籍。

当時の野村克也監督による「野村再生
工場」と呼ばれていました。

この再生工場というのは、

伸び悩む選手

他球団で戦力外となった選手

トレード要員で入団した選手

をコンバートや起用方法を変えて再度
活躍の場を与えるという野村監督の
名采配術のひとつと言われています。

大野氏は、野村監督の再生術でヤクルト
という新天地で、代打の切り札の冠を
貰ってプロとして羽ばたいた選手だと
思います。

移籍後の94年には肩の脱臼といった
怪我もあり、代打専任という事だった
のかもしれませんが、野村監督との
出逢いと指導により大野雄次さんは
大成したとも言えます。

この意味が大きいと思うのは、野村
監督は1990年から8年間ヤクルトの
監督なのですが、野村監督が監督を
辞める年1998年に大野選手も引退
している事です。

大野雄次さんのプロ引退理由としては
体力の衰えや怪我もあったかもしれま
せんが、恩人・野村克也監督の勇退と
ともに引退を決意したというのが大きな
決断理由ではないか。

とすれば引退理由の背景には、意識し
ていたかは判りませんが大きな師弟愛
が存在していたのでしょうか?

いかがでしたでしょうか。

ヒトとの出会いが人生を大きく好転
さえること、悪くすることがあると
思います。

今回の爆報!では、大野雄次さんは
もちろん野村克也元監督も出演される
ようで、二人の当時の人間関係が
明らかになるようで楽しみですね。

大野雄次さんにはプロ野球人として
の経験を今後幅広く社会に還元して
いただきたく、また安価で美味しい
鰻料理を是非継続いただきたく今後
の更なる活躍を期待したいですね。

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